子供の頃に強固に形成された不安感

不安感。

一番最初に感じたのは、それこそ物心ついたときだろうか。

夜寝るとき。普通は安らぐ瞬間だろうけど、私には不安が常にくっついていた。

夜寝るときに、頭を何かで覆うようにして眠っていた。
これは、今思うと、恒常的に母親に殴られていたため、
寝ている無防備なときに殴られるのが怖いという思いからだった。

家に帰るのは気が進まないが、家以外に帰る場所はなかった。
学校から家への帰り道、気分はちっともうかなくて、ここにも不安があった。
母親が怒っていたらどうしよう、またなじられて、殴られたら怖い。
そんな不安が常にあった。

幼少期に、育まれるべき「自己肯定感」はまるで育まれるような土壌はなかった。
私の分析では、母親自身もACであり(母親の父親は放任主義、母親の母親は支配的な人物)、そもそも自己肯定感のかけらもない人間のまま家庭を持った。
もちろん、子供への情操教育などまともにできる人間ではなかった。

「自己肯定感」を持ち得ない状況のまま、何に対しても不安感を感じていた。
・母親のことは嫌いだけど、母親に見捨てられたら…
・今日も母親が怒っていたら…

学校でも、私はあまりまわりに溶け込めなかった。

人との関係の築き方を模索しているのはいまだにだけど、子供の頃は、友達の作り方が本気でわからなかった。
家に帰りたくない、でも学校も別に楽しくない…
図書館で本を読んでいるのが最も楽しかった。

この頃から、ひとりでいるのが一番楽で安全だ、と本能的に気が付いていた。

とても小学校2年生が考えるようなことではなかった。

当時は、友達と遊ぶときは、外で遊ぶか、自分orその友達の家で遊ぶのが普通だった。
(今みたいにゲームとかはそこまで浸透していなかったし、住んでいた地域も庶民的な地域だったので、習い事や塾だらけの子もほとんどいなかった)
友達を自分の家に招いたことは一度もなかった。友達を招きたいと母親に一度伝えたとき、「家の掃除が面倒」、「その子が気に入らない」等々、烈火のごとく(いつものごとくか)母親が怒り出し、それ以降、二度と友達を呼びたいなどと考えないようになった。

普通は、呼んでもらった子は自分の家にも御礼も含めて次回呼んで遊ぶ、という流れだったが、そもそもその流れに乗ることすら難しかった。

・数少ない友達にも見捨てられるかも…

子供ながらに、しっかりと不安感の土壌は育って、友達と遊んで帰るときの道の静けさや空気の冷たさは私に刻み込まれている。

もし不安に色や音があるとしたら、真っ暗な暗闇で、静かで、冷たくて、とこの子供の頃の感覚を思い出す。

子供の頃から、ポジティブな感情(喜び、楽しみ、元気…)が育つ経験に乏しく、不安感はポジティブ感情が育つ土壌(自己肯定感が育つ土壌)を食い尽くして、大きく、深く、そして強く存在して、今でも私の最も身近な感情を形成している。